イタコの修行について解説

伝統的なイタコの修行

イタコの修行は大変厳しいもので、それは生死をかけたものと言われています。その背景には、イタコの修行は口減らしとしての機能を負ってきたという説があります。昔は、貧しい家の盲目、あるいは弱視の娘がイタコ修行に出されました。貧しい生活の中、目が見えないという障害を負った娘を養うことは難しい。しかし、親もむげに口減らしとして殺してしまうことはできません。そこで、イタコのところへ修行に出すのです。修行は大変厳しく、命を落とす者も多数いました。修行で命を落としたのならしょうがないと、親は諦めがつくわけです。

イタコへ修行に出すことは、娘を死の世界へ行かせることと同じ意味合いをかねていたことでしょう。しかし、中にはその厳しい修行に耐え、生き残る娘もいました。一度死の世界を潜り抜け、生還を果たすという通常の人間を超える極限の体験を経ることで、肉体を超え、研ぎ澄まされた精神、霊力を得ることになるのです。こうして、死を乗り越えた娘だけが、イタコとなる資格を得ることができるのです。

では、そのイタコの修行とはどのようなものであったのでしょうか。まず、現役のイタコの元へ住み込みで弟子入りします。家事や炊事を全てこなしながら、祓いの文言や経文、祭文、イタコ歌などを覚えます。これは全て口伝で行われます。朝読み、夜読みと言われるように、日中は家事雑用に追われるので、早朝や夜に行われます。板の間の板を打ちながら、何度何度も唱え体に染み渡らせます。一句たりとも間違えることは許されません。また、イタコの大切な仕事のひとつであるオシラアソバセの手順ややり方、占いや祈祷の手法など、イタコになるための技術を全て身に着けます。全て憶えるのに、最も早くて2年、平均で４～５年、覚えが悪ければ１０年かかると言われています。この期間は、肉体、精神修行を兼ねているので、過酷な状況に置かれます。その中で、自分を研ぎ澄ませて行くのです。全ての文言等を憶え、お師匠から独り立ちできると判断されると、カミツケ、ユルシ、デンジュなどと呼ばれる通過儀礼をおこないます。これを通過することができると一人前のイタコとして認められ、お師匠から道具と縄張りを譲り受けられます。とはいえ、すぐに独立できるわけではなく、お礼奉行として、３年ほどは師匠の家で奉公するのが習わしであったため、独立への道は遠いものでした。

カミツケの儀式のやり方は地域や師匠によって異なりますが、概このようなものとなります。まずカミツケの１００日前から、朝昼晩３３杯ずつ水をかぶり水垢離で体を清めます。これは、極寒のさなかでも、白襦袢１枚を行われます。２１日前からは、穀物、塩、火を断ちます。７日前からは篭りです。小屋に篭って経文や祭文を唱え続けます。この間も水垢離は続きます。また、朝にわずかな物を口にする以外は完全に食を断ちます。こうして、肉体、精神を研ぎ澄まし、いよいよユルシの儀に望みます。当日は親族一同、姉弟子たちがぐるりと周囲を取り巻きます。イタコ候補の娘は白装束を来て現れます。これは、この儀式で一度この世との別れを告げ、あの世に行くことを意味しています。あの世から生還した者のみがイタコとして迎えられるのです。また、地方によっては白装束ではなく、花嫁衣裳を着るところもあります。これもこの世を離れ、「目に見えぬもの＝神」と結婚することを意味しています。最初に白装束を身に着け、カミツケに成功してから花嫁衣裳に着替える地域もあります。イタコ候補の娘は3斗3升3合入りの俵に乗って、師匠や姉弟子たちと一緒に文言を唱え続けます。このことにより、トランス状態に入っていくのです。水垢離や断食などで肉体疲労が極限に達している娘は、やがて気を失い俵から転げ落ちます（気を失うまで続けられます）。このとき師匠が、この娘の生涯の守護神、守り本尊になる神の名を聞きます。娘は昏倒しながらも降りてきた神の名を口走ります。これでカミツケは成功です。もし神が降りてこなければ、イタコになることは許されません。もう一度修行に戻ります。また、この儀式は生死をかけた厳しいもので、実際に命を落とした娘も少なくありませんでした。こうして、一度死の世界を潜り抜け、神から認められた娘は、一人前のイタコとして独立するのです。

現代のイタコ修行

現在は、親が口減らしのために、娘をイタコ修行に出すことはありません。また、本当に死んでしまうほどの修行がなされることもありません。しかし、イタコの修行は今も昔も変わらずに、肉体と精神を研ぎ澄ますための厳しいものであることには違いありません。このような世界に自ら進んで入ってゆく者は少なく、一時期イタコの数は激減しました。しかし、高度経済成長を経て、人々の心がより精神的なものを求めるようになった現在、若い人の中にもイタコへの関心が高まっています。人気占い師として雑誌やテレビなどにも注目されるイタコに憧れ、安易な気持ちで目指す若い女性も少なからずいるようです。大半はイタコ修行の厳しさを知り、すぐに挫折してしまいますが……。しかし、そんな中にも自らこの厳しい世界に挑み、命を懸けて修行した若いイタコも誕生しています。このような若いイタコに今後期待がかかります。